漫才をするように文章を書く

今日はほぼ、自宅で自慢のMacに向かい合って、ひたすら仕事の一日。
思いのほかはかどりました!

とりわけ、5月新刊は『個人事業』をテーマとしたもので、
書かれている内容が今まさに直面していることだらけです。

まさにタイムリーですな。

「自分はこれができているかな」というチェックと、
ここは深掘りしてほしいなという案が出てきます。
明日、それをまとめて、著者さんに投げかけてみようかと思っています。


ところで、この原稿を読んで気になったのは、
「独立動機が大切」だという一項目です。

そこには、次のようなことが書いています。
動機がしっかりしていれば、共感してくれて、応援してくれる人が増える、と。
それだけに、独立前に「動機」をしっかりと固めようというのです。

飛行機でもそうですが、最初の離陸するまでの助走が大事だったりします。
助走がしっかりとれないと、離陸時間をずらしたりしますしね。

振り返ってみて、果たして自分はどうだったのか。
正直、準備万端とは言えないけど、それなりの動機は固めたかなとは思っています。

・・・まだまだ甘いでしょうが、かなり大目に見てください。


さて、日々の仕事の他に、こうしてブログを書くようにしたのは、
自分がその時に考えていたことを形にするという意図があります。

そのほかの理由として、単純に書くということを楽しみたいと思ったからです。

そもそも私が文章の仕事に就きたいと思ったのは、
小学校の先生に「詩」を褒められたことがきっかけとなりました。

学業も運動もパッとしなかった小学校時代でしたが、
高校時代に進路を決める際にこのことを思い出して、
「よし、物書きになろう」と単純明快に考えたわけです。

ただ、これもある程度大人になって思ったことでもあるのですが、
その詩自体、大したものではなかったんですよね。
賞もまったくとれなかったですし。

それでも思い込んだものの強さで、
何とか文章に携わる仕事ができていますし、
先生が導いてくれたんだなと、
本当に感謝の気持ちしかありません。


そういうこともあり、文章を書くことに喜びも感じるんですよね。
私は、誰かに文章の書き方を教えてもらったわけではありません。

自己流ですし、特段上手というわけでもないかと思いますし、
ここで披露することをためらいましたが、
文章を書く意識について、書こうと思います。

・・・そう、相変わらず、前置きが長いのです。


私は、「漫才をするように」書くことを意識しています。

私の漫才は、トリオ漫才です。もう漫才と言っちゃいます・・・

  • 自分の主張を伝える役
  • ゆるく突っ込む役
  • ちょっとだけ出てきてボケる役


性格的なものかもしれませんが、
パキパキとした「こうあるべき」といった論理展開が苦手というのもあり、
こんな構成で常に考えています。


では、なぜこんなふうにしているのかというと、
「一つの視点だけで語られる論理展開だと、読み手は単調だなと思ってしまうのでは?」
という問題意識からです。

自分と同じ主張の文章ですと、
人は「そうそう、そうなんだよ」と読み進められるのですが、
「うん・・・ちょっとそれはどういうことなの?」と疑問に思うところが出ると、
急に読みづらくなるものです。

そこで詰まってしまって、「他の本を読もう」ということになりかねません。

そのため、一つの視点だけではなく、二つ目の視点を持つ必要があるのです。
そして、二つ目の視点は、読み手に近い視点であることがポイントです。

「そうそう、俺が思っていたことをよくぞ言ってくれた」

これを上手に引き出す視点があれば、読み手は読み進めてくれます。

正統派の漫才で面白い方達は、
例外なく、ツッコミ役が鑑賞者が思っていることを代弁して、突っ込んでいます。
サンドイッチマンとか、そんな印象です。

要は、文章も同じように読み手に近い視点を入れてみたら、
より一層、読みやすくなるということです。


また、ビジネス書を書くときにオススメしたい、
ちょっとしたテクニックを紹介します。

「読み手が疑問に思っていること」や「読み手のツッコミ」を入れるというものです。

「それはスーパー編集者の古川だからできるんだろう?」
 (そうみなさんは思っていないでしょうが・・・これを例にしました)

そんなことはありませんよね。
自分の視点だけで重くなったら、他の視点を意識するだけでいいのですから。

ちなみに、私のトリオ漫才は、そこにちょいボケを入れた、いわば発展系です。


さてさて、文章の話、いかがでしょうか?
ここまで読めなかった方も少なくないかもしれません。
でも、よしとします。

そもそもブログをつけ始めた理由として、
自分への備忘録という面もあるのですから。

それでは、また!